ドイツの小さな町



もう最近では、全くないことだろうが、昔は、社内で評判が悪い外国駐在員が居たことがある。ちょっと、現地人的な言動
をすると、「あの野郎、ケトウかぶれしやがって」的な中傷があったものだ(ケトウとは、毛唐と書くー今日では死語)。

だけど、実際に現地に出てみると、何となく、そんなこともあるかなと思うようになる。


例えば、ドイツの田舎を一人でほっつき歩いていると(勿論、仕事で)、ちょうど三週間目あたりから、奇妙な自分に気が
付く。
久しぶりに、フランクとかデュセルだとかの大都会に帰ってくると、結構、道で東洋人に(知らない日本人に)出会う。向こ
うから歩いてくる、この真っ黒い髪の毛の人間というのは実に奇妙に見えるものだ。
この話をイギリス人にしたら彼も日本に来たてのころ、信号待ちでずらりと並んでいる黒い頭を見て、一瞬、何か、ぞっと
したことがあるといっていた。
真っ黒い髪の毛自体が奇妙なものだし、さらに皆が全て、黒髪というのも実に奇妙なものなのなんだよ。
こういった感情は、コンラッドの「闇の奥」に、「跳ね回っている黒い人が、我々と同じ人間だと思うと・・」とあるように、蛇が
苦手、蜘蛛が嫌い、のような本能的な違和感からくるものなんだから、どうしようもないことなんだろうか。

ちょっと日本人の世界から出ているだけで、真っ黒な髪の毛が異様に感じるような感覚に成ってしまうのだから、ずっとそ
の世界にいる駐在員は当然、現地に同化してしまう。同化できない人は、やっていけない。
比較的短期間ですむプロジェクトジョブでさえ、現地に適応できない人を無理やり使うのはかわいそうだ。こいつだけ
は、日本では選びようが無いので、最初に現地に連れて行ったときに、何人か束にして、街に放り出す。帰ってきて、面
白かったというやつを残し、怖かったなどというやつは無条件で外すことにしている(怖いというのは、結局のところ人間
が怖いというのに他なら無いので)。



さて、冬のドイツを歩き回っていると本当に気がめいってくる。しょぼしょぼと雪交じりの雨、冷たい雪解けの路、いつも灰
色の空、灰色の木、Schwarzwald シュワルツヴァルドー黒い森は、本当に黒いのです。
ここで、イタリアに仕事が出来たりすると、もう天国、何が何でも、喜び勇んで飛んでゆく。
ルフトハンザが、アルプスを越えると、そら、下の大地が緑にかすんでいる。
文字通りのオリーブ色の陽光。ああ、いいなと本当に思う。それに、今日は、久しぶりにミラノのペッピーノで、バクバク、
食えるしね、ということに成る。



でも、ドイツの冬も、たまには良いなと思うこともある。

ドイツの地方の小さな町。例えば、Coburg コブルク、コーバーグ。
町の中に城壁が残っている町。
ミンクの帽子を幾つかウインドウに並べているだけの店。
マジパンの兵隊の菓子が並んでいる店。
ぎしぎしと木の階段の鳴るホテル。


ヨーロッパなら、必ずある町の中心の広場で、朝早くから開いている朝市。
ぴっちりした黒皮のパンツの金髪のねーちゃんが花を売っている。
冷たい灰色の大気の中で華やかな模様。
何時も、買って仕舞う花をホテルのオバちゃんに進呈する。泊まった日数分だけ、フロントの花瓶が増える。



何で、コブルグかというと、近くのジーメンスの工場長が何故か気に入ってくれて、事あるごとに呼んでくれたから。

ある時、工場で昼飯を食っている途中で、一緒に来てくれと連れ出された。
連れて行かれたのは、東独との国境。珍しく晴れた日で、国境線の向こうは、緑の岡がうねっている。今にも、岡の向こう
からタイガー・タンクがぬっと出てきそうだ。




その岡の森の手前に、煙突から薄煙を上げている小さなの家があった。

「.メーダ、あれが私の生まれ育った家だ。私は、土曜の2時に、必ずここに来て、手を振る。あそこに、今も住んでいる母
も、出てきて手を振る。私は、敗戦以来、母の手を握ったことがない。そして、ツアイスで見ることもしない。」
本社の重役になれといわれていた優秀な男が、地方工場の工場長で終わった。(私が、吉田 茂をかう理由)

ちなみに、ドイツのある地方には、Meadaという姓がある。だから、Maedaはどうしても、メーダに成る。



工場長が一人で来いというから、コブルグには、鉄道できていた。

ある時、汽車の時刻まで2時間位待ちがあった。町まで送ってくれた工場長が、「今日はちょっと用事がある。悪いね。」
と分かれた後、久しぶりに一人で町を歩き回った。
気がつくと、もう発車まで30分しかない。

駅までの道がわからない。あせったね。仕方ないから、軒並み、家をノックして見たが、英語が通じない。ある家のオバち
ゃんが、ちょっと離れた家に連れて行ってくれた。
出てきた小父さんの流暢な英語、ホッとしたね。道を教えてくれというと案内してやると20分離れた駅まで連れて行ってく
れた。
大戦中は、ユンカースの輸送機に乗っていたそうだ。





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