ついに、井戸尻考古館で、念願の「神像形土器」に対面を果たした。
同館は、切手になった水煙土器で有名だが、実は、この「神像形土器」がなんといっても驚異。
「神像形土器」、全く異質のデザイン。確かに、神像と呼びたくなる様な造形だ。
こんな怖ろしい呪(しゅ)の構造が日本にあってよいもんだろうか。
復元作業をしていて、カチッと破片が組み合わさって、初めて、この異様な造形が現れたときの皆の驚嘆。この話には、
実際に作業をした人でないと言えない現実感があった。
井戸尻考古館の館員の方によれば、このデザインは、藤内遺跡固有のものではなく、各地で、破片も含めると20個位
出土しているとのこと。 上の下段の土器は、埼玉県・北塚屋(きたつかや)出土のもの。
デザインは似ているが、これだけ見れば、とても神像とはいえない。
抽象文土器と呼称されるこちらの文様が先に創造されたのか、それとも、藤内の文様が伝播して変形したのか、そんな、
考古学的な興味すら沸いてくる。
そして、この土偶の表の顔は、猫のような丸い耳、三口のように割けた口、釣りあがった目を持つ。
藤内の人たちのカミも、本当に、こういった顔を持っていたのだろうか。それとも。
そして、ストレートにカミの顔を表さないところは、この地域に生きた人達の規範だったのだろうか。下、左は、神像形土
器の裏側だが、これが実はデフォルメされたカミの本当の顔なのか。
もし、上の土偶の表の顔が、カミの真の顔だとすると、案外、簡単に解けてしまった謎。 何となく、拍子抜け。
もっとも、何処のカミの顔を見ても大体において、目鼻口耳が揃った、その意味では、ごく平凡なものばかり。
中国の三星堆のカミの顔だって、目が縦に飛び出しているだけで、平凡なもんだ。
マヤのチャックの方は、目じゃなくて鼻が伸びている。
ここら辺が、人間の想像力の限界なんだろうか。
バビロニアの「オネアス」が、どんな形態だったかは,寡聞にして知らない。
なお、肩掛けだけなら、下の土偶も同じようなデザイン。
さて、井戸尻考古館では、なんとエイリアンにもお目にかかれる。
おもて面は、可愛い人面釣手土器。
御殿場遺跡出土の類似品も同じだが、表面のデザインは縄文にしては、極めてシンプル、且つ造作も手が込んでいな
い。これは、精霊を表しているとは思えない。
ここ、井戸尻では、幸いにも普通の展示では見れない裏面を見ることが出来る。
裏面がなんとも奇妙だ。 なんと、映画、エイリアンに出てくるフェイス・ハガー そっくり。
これは勿論、冗談だが、この裏面が、実はこの土器の主体だ。この造形を両掌広げた格好のモチーフとする説も有る
が、本当にそんな単純なものだろうか?
兎に角、この面で、怖ろしい呪(しゅ)を伝えようとしているのか。
これがカミの実体だと伝えようとしているのか。それとも。
ケツアルコアトルは、アズテック文明に至り、死と再生の神に変身した。
下は、表裏でこれを表した像。
このような神像形土器や釣手土器の裏面の造形をみると、少なくともこの地域の文化は、単純なアニミズムからかなり複
雑な宗教の段階に発達していた、即ち、祀る対象としてのカミを、既に具象的な形に創造していたのは確実だ。
なお、別の土偶の頭にも、裏面に似たような文様を持つものがある。
さて、須玉町歴史資料館展示の顔面把手付深鉢。
この把手の裏面のすごさは、既に紹介したが、この裏面の表現を、カミ、母神の実情を表したものだとする説がある。
ということは、同じような表面の顔を持つものの裏面は、矢張りカミの本当の姿、実像を現したものの解釈するのであろう
か。
さらに、裏面にある、こういった造形は、全て、カミにつながるものなのかね?
なお、何回も云うが、この井戸尻考古館等にに展示されているような逸品は、写真では駄目。写真は、あくまでも、こん
なものがあるよと言う程度の紹介に過ぎない。
実物を見ると、初めて、そのすざましい力が感じられる。東京から、わずか2時間程度のドライブで、井戸尻に行ける。何
と、我々は、幸運・幸福なことか。
ぜひ同館を訪問し、縄文の迫力を体験すべき!これが、古くから日本人の持つ力だ!
ただ残念なことに、肝心の神像の照明が良くない。懐中電灯持参のこと。
なお、蛇足だが、近くに「翁」という蕎麦の名店がある。
* このページの写真の一部は、文様を見やすくするために加工してある。実物にはこの様な色はついてい ない。
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