遮光器土偶 縄文 その独創性
そして、縄文の石斧

学者連中は日本列島は文化の吹き溜まりだというし、文化・習慣のすべてが外来のものだとか、マスコミは日本人は模
倣が旨いが独創性に乏しいなどとことあるごとに云うし、外に出て行くとなんとなく劣等感があった。

日本独自の文化といわれるもの。
古伊万里が素晴らしいと威張ったって、日本人が見てさえ、何処がいいんだという世界。
茶道具、侘び・サビ、はんなり・まったり、詩歌・俳句、書画、どれをとっても、はっきり云って、所詮、ちまちましたローカ
ルなもの(そういや、北斎がいたか)。

然し、遅ればせながら、縄文文化、特に、独創の縄文土器を知って、国粋主義じゃないけれど、中国4000年の歴史、何
だそんなもの、エジプトなんてたいしたことねーやと思えるようになった。
これで、欧州に行って、なんか嫌味を云われても、「お前達、16000年前は、何をしてたんだ」と言い返せる余裕が出来
た。有り難いこっちゃ。


縄文初期の単純な渦巻文なんかは、何処の文化でも、最初に考え付くデザイン。土器に模様をつけることだって独創と
いうわけじゃない。
ここで停まって仕舞っていりゃ、縄文もたいしたことはなかった。


縄文の石斧


井戸尻考古館で縄文の石斧の展示を見て、「何でこんな使いにくい形のものを。然し、このデザインは独創的じゃないか」と感じた。

なんと、全く同じデザインの石斧が、今なお、ニューギニアで使われていたのだ!

この、Descovery Channelで放映された番組は面白い。白人の男が木を切り倒そうとして、力任せに叩き、柄を折ってし
まう。原住民が、巧みに柄のしなりを利用して木を切り倒した。

*「西パブアに過激にホームスティ」では、密林に住むコンバイ族がサゴヤシの木を石斧で切り倒し、中の芯を取り出
し、叩き潰して水でさらし、絞って澱粉を取り出す様子が映し出される。まさに縄文の生活を彷彿とするようなシーン。こう
いったものは、よくヤラセと言われてしまうが、その手馴れた様子から見ると通常の生活状況かと思われる。なお、豚を解
体するには、なんと竹のナイフを使う。

ニューギニアの石斧の実物が井戸尻考古館に展示されている。

又、東京国立博物館、平成館には、縄文の石斧のレプリカが展示されている。


江坂輝弥氏によれば、外国人の研究者には、大陸を含めた周辺地域の土器や円筒状石斧等の文化の起源を日本と
する人が多いそうだ(例によっれ、日本の学者は、何とか、起源を他国に結びつけようとし、営々と努力を重ねる)。

まあ、確かに、縄文土器に現れる独創性、発展性、精密な完成度、それを具現化した技術力等を考えると縄文文化が
オリジンであるとしても無理はない。







独創的なデザインで有名な遮光器土偶。


よく知られているように、遮光器の名は、1931年のオスワルト・メンギンのアイ・マスク説に由来する。
この思いつきが間違っていることは既に明らかにされているが、カール・ヘンツェやネリー・ナウマンの思いつき、即ち、
アステカの「死者の皮をかぶって、再生する春の神、シペ・トッテック、Xipe Totecに扮した神官」的なものだとする説、こ
れにも無理がある。


確かに、縄文人がアニミズムの対象として蛇、蝮を最重要視したことは確か。蛇の最大の特徴といえば脱皮による再生、
だから、誰もが望む永久の命。


古来、古代メソポタミアを初めとし、脱皮型の死の起源伝説は世界中ににある。
勿論、日本にだって、あったかもしれない。


然し、縄文土偶面の目や口が二重になっている様に見えるからといって、脱皮にならって、死人の皮をかぶった顔を表
したという説は、独断と偏見だろう。
第一、肝心のアステカのシペ・トッテクは似ても似つかぬもの。



さて、人間の体の中で重要なものは、顔。顔の中で重要なものは、目鼻口耳。鼻と耳は、機能していても動かない。
目と
口は、機能するとき開閉する。


外なる世界に対しては機能していないが、内なる宇宙に対して機能している状態を示そうとすれば、開いている状態と閉
じている状態を同時に表現することになる。
縄文の土偶で、遮光器土偶に通じる表現は、こういう人間の祈念の状態を示したもの。
決して、他の人間の生皮をかぶったものなどではない。


アガメムノンの黄金のマスクの目も二重になっているが、これも生皮をかぶったものとするのかね。







人が、何かを祈念するとき、目を開くだろうか?
確かに、呪詛する時は、かっと開くこともあるだろう。
然し、幸あれと祈る時には、目をつぶるのが普通だろう。
仏像にしたって、目をつぶった、或いは、半眼のものが圧倒的に多いのではないか。

心の目を開けば、自ずから閉じておかねばならぬものがある。

瞑った目というものは素直にデザインすれば、一本の線に他ならない。これでは、最も重要な器官である目の存在
が消えてしまう。
だから、閉じた目でも、閉じた眼だからこそ、その周囲に輪郭を描いて強調した。

もっとも、目をつぶったものは、死に顔だとする説もある。アガメムノンのマスクなどは、そのとうりだと思うが。



兎に角、最盛期の遮光器土偶は、異常なほどデフォルメされた、その優れた造形に独創の価値がある。


トップへ
トップへ
戻る
戻る




1 inserted by FC2 system