土偶との遭遇

ユーラシア大陸の旧石器時代・後期の女性小像
Female Figurines of the Upper Paleolithic

カレン・ダイアン・ジャネットによる解説 ; 過去の諸説について

Section Three

第三章 近年の説について その二



* Leroy McDermott レロイ・マクダーモット

1996年に、マクダーモットは、キャサリン・ホッギ・マッコイドと共著で、「Self-Representation in Upper Paleolithic Female Figureine」なる報文を公にした。

彼等の研究によれば、女性小像のある部分を誇張したと言う特徴は、芸術性を、自己点検することを表しているものである。
彼等は、Leoi-Gourhanのlozenge compositionひし形の構図の概念に影響を受けた。
マクダーモットとマッコロイドが検討したPavlovian-Kostenkian-Gravettian型、もしくは、PKG型の女性小像は、ひし形の構図になっていて、中心が胴体、胸部、太股、腹部である;最も幅の広い部分と垂直方向の中心が異常に持ち上がったへその部分であり、その上とその下の身体は先細りになっている(1996年)。

彼等は、PKG型の小像と欧州型の小像の間に文化的な関連性があると考えているが−最も彼等は、シベリヤ形の女性小像は無視しているが−これについては多くの研究者が反論を唱えている。

彼等は、旧石器時代のある特定の小像を選び、解剖学的に見ると正しくないところは、それを彫った人が特別な見方をしたためではないかと考えている。

マクダーモットとマッコイドは、後期旧石器時代の女性像を、「女性が自分自身の身体を見る視点」でみたものと考えてみた(1996年)。

例えば、ヴィレンドルフのビーナス Venus of Willendorfレスピュグのビーナス Venus of Lespugueを、現代の妊婦が自分自身を見れる角度で見たときと同じ状況で写した写真を比較する。

女性小像の一般的な特長についての答えが、女性の自己観察−自分で自分を見るという行為というものを考えることにより解けてきた。

例えば、顔の造作のない頭は、単純に考えれば、自分自身では、自分の顔を見ることが出来ないからということで説明がつくであろう(1996年)。

女性小像に見られる、ぶら下がってた乳房や官能的な表現は、女性がうつむいて立ったときに「胸と腹部の上部の表面を近じかとみる」ことになり、特に、乳房は、眼に近いので、視野の中で、ぼんやり大きく見えるものを表していると考えればよい。
、妊娠した女性が自分自身の下半身を見ようとすると前かがみにならざるを得ず、そんな姿勢は取れないわけだから、、他人であれば見えるであろような正しい形状ではなく、実際とは違った形状に造ってしまうことになる。
実際には、屈めないわけだから、妊婦は、大きな腹部に邪魔されて、下半身を見ることが出来ず、実際の高さが圧縮されたように見えてしまう。

四肢、即ち、腕や両足がないことは、妊婦では、四肢が大きな胴体に隠れて、自分では、見えないと考えれば、当然であろう(1996年)。

女性小像は、「ある種の象徴的なもしくは精神的な目的で、通常の解剖学上正しい形から、逸脱したもの」であり、又、そして、ある種、漠然とした「社会的な価値」が、「多産や性愛を思い起こさせるような女体の特別な部分」を強調することで象徴化されていると解釈される(1996年)。

そして、彼等は、「色んな段階の女性の身体の状態を極めて正確に具象化している」がゆえに、そして、「女性しか知りえない、女性に独特の生理的な過程に関する情報」が小像に表されているがゆえに、女性自身が、このような女性小像の創作者であると推察する(1996年)。

彼等の説で重要なところは、このような小像が、あくまでも、「女性のもの」であり、女性によって作られ、そして、女性によって、様々な用途に使われるという解釈である。

多くの部分が排除されているという言及にくわえて、この説に対する主たる評論の一つは、女性が直接関係しているという点である。何故なら、「性差別主義者が断言した、すべての小像が女性により作られたとすることは、すべての小像が男性によって作られたとみなす」ことに他ならないからである(by Bahn,1996年)。

バーンが云うように、このような形状の女性小像のすべてが、「特別な角度で見た自分の身体の一部を写実的にきわめて正確に写し取ることにのみ興味を持っていた妊婦が直立状態で製作した」と考えることは、信じがたいことのように思われる(by Bahn,1996年)。
一部の研究者も、マクダーモットとマッコイドの説を根本的に空論の域を出ていないと考えている(by Bisson,1996年)。何故なら、自分自身で自分を見ることという考えでは、「こうした女性小像の持つすべての性質」を説明できないからである(by Cook,1996年)。

こうした厳しい批判があっても、マクダーモットとマッコイドの説は、革新的(by Duhard,1996年)、又、魅力的(by Davis,1996年)、独創的(by Delporte,1996年)なものとされ、ほとんどの研究者が、彼等は、こうした女性小像の研究に新風をまき起こしたとしている。


* Olga Soffer, J.M.Adovasio, D.C. Hyland オルガ・ゾファー、J.M.アドヴァシオ、D.C.ハイランド

彼等は、2000年の報文で、長らく議論の対象となってきた女性小像の裸像からはなれて、衣服とか装飾品について論じている。

彼等は、女性小像の表現が「旧石器時代の人々が、布を織るとか籠を編んだりする」ことを知っていた証拠であると解釈している(Soffer et al.,2000年)。

これにくわえて、彼等は、こういった技術は女性によって開発されたもので、女性が造ったものは、「焼成土器、象牙、そして石に、永遠性を与えるのに十分な価値を持つ」ものであったと主張する(Soffer et al.,2000年)。

織物や索類があるという証拠は、主に、女性の小像から得られるたものであるが、又、墳墓や道具などからも得られている(2000年)。墳墓や道具では、衣服や帽子、ベルト、シャツ、腕輪のような装飾品がみられる。

彼等は、これらのものは、少なくとも著しい性的な特徴を表すのには欠かせないものであると強く主張する。
即ち、「女性像が装飾され、何物かをまとっている様に描かれたときには、女性の第一性徴や第二次性徴がはっきりと現れるように注意深く造形されている(2000年)。

女性小像は、こうした緻密な注意が払われた詳細な描写の造形であるがゆえに、それによって、女性の労働を尊ぶものであったと解釈する。
あるビーナスのグループがまとっている織物で作られた衣服の描写に見られるところの極めて美しく、且つ、多大な加工時間を要する、細部にわたる装飾的な造形から、彼等は、明らかに機織や籠つくりの技能を持っていたことがわかり、又、石や象牙、そして骨を彫刻して、彼等が作る製品は、極めて優れた文化財といえるものであったことを示している(Soffer et al,2000年)。
この著者は、衣服は写実的なものであるとは云っているが、日常生活で使っているものだとは考えていない(2000年)。

彼等の論拠は、大量の民族学的な証拠に基づき、旧石器時代の女性小像が他のものより、より裸のものが少ないと見られるところにある。

衣服は何で出来ているかということに関する彼等の解釈は、ある例では、いささかならず危ないところがある。
なぜならば、多くの女性小像が極度に抽象化されていたり、又、肝心ところが壊れていたりしていて、よくわからないからである(2000年)。

こうした女性小像と現代の狩猟採集民族が造っているものとを比べてみると、旧石器時代の織物は、もっぱら、女性により作られていたと解釈できる。

然し、こういった民族学的な証拠を旧石器時代の人々の説明に使用するのは、一般的には、あまりに、危険が多すぎるのではないかと云われている(2000年)。何故なら、その根拠となるものを限られた数の女性小像の図像的な証拠に限っているからである。

彼等は、女性小像を、女性が何かを達成したときの象徴と考えているのだが(2000年)、彼等の織物や網籠に関する分析にも、興味をそそるものがある。

女性小像の装飾品については、女性小像の裸体に関する検討と同じように、これからも、研究されることになるであろう。



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