土偶との遭遇

ユーラシア大陸の旧石器時代・後期の女性小像
Female Figurines of the Upper Paleolithic

カレン・ダイアン・ジャネットによる解説 ; 過去の諸説について

Section Three

第三章 近年の説について その一


この最後の章では、近代的な研究方法や技術を十分に取り入れた、女性小像についての諸説の最も最近のものを紹介する。

女性小像の最近の研究は、新しい優れたデータを取り入れたり、新しく開発された技術を駆使することにより画期的に進歩している。

勿論、研究者たちの説も、多くの場合、それ以前に発表された諸説を基礎にしていることが多い。

例えば、女性小像を写実的な眼で見よう、先入観に捉われず、特に宗教的なものと考えずに、あるがままにみようとするとする考え方は、1890年代にすでに行われていたが、20世紀に入ると一時、人気がなくなってしまった。然し、最近の解釈では、再度取り入れられるようになった。

同様に、女性小像の創造において旧石器時代の女性の役割を強調して考える研究者の解釈は、依然として、1970年代に男女同権論者でもあった研究者たちが女性の力や優位性が女性小像の中に象徴されているとした論旨を髣髴とさせるところがある。

新しい探求では、現実的な観察や表現・描写というものがしばしば、考慮されており、最も新しい研究のひとつでは、多くの女性肖像に見られる豊満な、異常肥大とも思われるような胸部に注目している(Harding,1976年)。

ある人たちは、女性小像を旧石器時代の婦人科や産科の医学的な教育材料と考えている(Duhard,1993年)。

更に最近になると、研究者たちは、女性小像の製作方法(White、1997年、2006年)、製作者の予想(McDermott,1996年)、小像のまとっている衣服などの、あまり強調されていない特徴(Soffer他、2000年、Gvozdover,1985年)などを研究している。これらの研究は、新しく且つ最新のやり方で、古くからの説をよみがえらしているといえよう。


* J.R.Harding ジェイ・アール・ハーディング

J.R.Harding ハーディングが、1976年に書いた短い記事では、ビーナス小像は、胸部の異常な肥大症状として知られる病的な状態、
思春期乳腺肥大症の実際の表現であるとしている。彼の説は、女性小像は、その中の二つは特に、比較的短い期間に、過大な乳房の発達が起こったのが原因で生じた、巨大な奇怪とも見える胸部を表して居るとするものである。女性小像の特徴は、あるアフリカ人種の胸部肥大症状に似ている。

           

この説は、Pettieの説と極めて良く似たものであるが、然し、Hardingは、Pietteと違い、アフリカ人種とGravettian グラヴェット人との過去の文化的、或いは、人種的な関係にまでは、言及して居ない。

彼は、幾つかの女性小像の胸の表現と思春期乳腺肥大症にかかったと思われるザンビア女性の胸の状態とを比較したのであろう。このザンビア女性が治療に訪れた病院では、「この女性の胸には、彼女が所属する部族の治療師がした切開の傷跡が残っていた」と記録している(Harding,1976年)。ハーディングは、この記録を民俗学上の証拠として考え、時に女性小像に見られる切込みを、Gravettian-Solutrian グラヴァット−サルトリ人の治療者が治療した傷の表現とした。実際の形がある人、もしくは、

彼の理論では、女性小像は、実際の女性を正確に写したものであり、又、そうした小像は、魔術もしくは儀式に使われる道具であるとしているが、人種的な関連については一切言及していないので、こうした女性小像を具体的なものとしてとらえる説の支持者をより得られることとなった。


* Jean−Pierre Duhard

Jean−Pierre Duhardは、女性小像を、旧石器時代の婦人科医の医学的な教育道具だという説を唱えた。
彼は、教育担当の婦人科医であったが、彫刻された女性小像の形状が、現代の女性の形態に極めてよく似ていることに注目した(1991年)。

彼は、残っていた骸骨の分析研究を通じて、「グラヴェット人と我々との間には、形態学的な相違がほとんど認められない」といっている(1991年)。
この情報は、彼の女性小像についての研究と合体されて、グラヴェット人と現代の女性は極めてよく似ているという見解を生み出した。

彼が注目したのは、女性小像の肥満症、特に、脂肪のついた場所である。彼が、脂肪のつきかたに注目したのは、これがその時代以来、変わらず、明らかに性別と関係がある要素であり、生理学の同じ法則に従って、身体の外観に全く同じような変化を起こすことだからである。
そこで、彼の努力は、もっぱら、異なった気象条件、異なった生活習慣や異なった食物摂取の元でも、同じ様な脂肪症の臨床学的な形態が見られるのではないか、という証拠を発見することに向けられた(1991年)。

グラヴェット遺跡から出土した23体の女性小像を検討した結果、彼は、そのすべてが、それぞれ異なった、我々に良く知られているタイプの肥満症・脂肪症を発症していて、それらは、現代の人類のものと極めてよく一致しているとみている。
このことから、20000年もの間、人類は、形態的な、そして、機能的な面で変化していないことを推論できるとした(1991年)。

彼が、女性小像と産科医の道具の間の関連があるとした理由は、脂肪症、或いは肥満症を研究し理解することは、実際に生きた人間を形態学的に比較することによってのみ可能であり、したがって、こういった女性小像の形態を作った彫刻者は、医学的な傾向にあるに違いないと考えたためである。

女性小像の形は、現代女性の形態と同じ線上にある、とは云うものの、実際の女性小像一つ一つは、異なったところもあり、一体一体が、独特のものとさえいえる。
このような観察結果に基づき、Duhardは、女性小像を、「最初のある個人」の肖像だと考える。このような写実的なものだとする見方は、両性、そして、男性や子供を含むすべての年代を含むものと考えることになる。

Duhardは、このような多くの写実的な女性の肖像から、旧石器時代の女性は、母親であり、性的なパートナーであり、その社会の一員であるというような複合された機能を持つという、その生理上の役割の重要性から特権を持ったものであると推論する。

彼の女性小像に関する研究は、人類学的な見地からは外れているものの、女性小像を宗教よりも、科学的な見地から見ようとする近年の傾向を示している。


* Randall White ランダル・ホワイト

ホワイトは、フランスのBrassempouyブラッサンブイの出土品に限って検討し、1890年代のPietteの発掘についての「ゆがめられた歴史」を紹介している。

新しく開発された検査方法、特に顕微鏡を使った方法で調べた結果、女性小像には、工作の跡と失敗したところを廃棄したところがあるとしている(2006年)。又、すべての女性小像には、フリント(石英)石器と鉱物の研磨粉によって、切り刻まれ、つつかれ、えぐられ、削られ、刻まれ、磨耗され、磨かれた痕跡があることを発見したと言っている。

彼は、一つ一つの小像について、極めて詳細に、使った道具とその使用方法を記述している(2006年)。

又、すべてのブラッサンブイ出土の女性小像は事実上、加工の途中で破損していると指摘している。何故ならば、削ったり彫ったりする技術は持っていたかもしれないが、象牙の加工にはあまり経験がなかった者によって作られたと考えられるからである。

多くの壊れた破片が存在する意味は、もう一つ考えられ、それは、新しいマンモスの牙ではなく、部分的に完全に乾燥してしまった象牙を使った可能性である。こうした象牙は、象牙を構成している薄い層を接着しているコラーゲン層がなくなっていることが多い(2006年)。

この発見に伴い、ホワイトは、もう一つの驚くべき事実を見つけることになった。
即ち、今まで、ほとんどの研究者が二体の女性小像であるとしていたものが、実は、内部の層に添って割れたもので、各々、共通の破面層を持っていたので、破損する前は一体の像であったという発見である

ホワイトは、又、
Dame a la capuche、Venus of Brassempouy、ブラサンブイのビーナスと呼ばれる小像の謎をも解決することとなった。
この小さな頭像が1890年代に発見されてから、これは単に壊れた小像の一部であり、元は、胴体もあったと思われてきたが、ホワイトは、破面を顕微鏡で観察し、銅版や大理石の彫刻に用いる鏨(たがね)である、ビュランに似たもので、くりぬかれていることを発見した。
このことから、この頭像は、多分、最初は、胴体についていたものであろうが、加工されているときに壊れて取れてしまい、頭の部分だけを独立した頭像に造られることになったと推定した(2006年)。ホワイとの言葉によれば、「割れてしまった後、破片自体を再加工する試みがされた」である。

ホワイトの最も興味深い分析は、この地域で発見される多くの女性小像がらみの遺物について、「ほとんどのものが、加工中に壊れてしまった破片である」から、このあたりが、象牙加工品の生産地域であったとする結論である。
そして、大きな損傷もなく、よく出来た小像は、この地域から、他の地域に持ち出されてしまったのであろうと考えたことである(2006年)。

ホワイトは、La figurine a la ceinture サンチュールの小像などの像の性別について、「恥骨部分の形が保存されている場合、すべて、女性とおもわれるものである」、が、然し、この地域から出土した一体の小像は、未だに、議論の的になっているものがある。

ホワイトは、この論争のあらましを、下記のごとく記述している。即ち、
Pietteは、股袋(コッドピース)をつけた男性か、はっきりとしたmons venusか、大いに迷ったが、結局、前者の見方をとった。彼の見方に倣ったのがDuhard(1993年)で、Dobras(1992年)は、曖昧なままのほうが良いとして逃げた。顕微鏡観察を行う前は、私も、多分、男性であろうと思っていた(2006年)。
ホワイトは、顕微鏡で観察した結果、「古典的な形の外陰部を持つ女性の陰部であり、、、、La figurine a la ceintureは、突き出たmons venusのように見えるところに外陰部を持つ」と述べている。

ホワイトが用いた技術によって、ブランサンブイ出土の女性小像の興味深い面が明らかになり、又、性別や製作方法、更には真偽について、長く疑問であったところが明らかになったといえよう。



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