東京から、火炎街道の津南町や十日町市に行くには、関越道の塩沢石打ICで降りて、山越えの道になる。
何で、こんなところに縄文文化がと思ったのは、小生の常識の無さ。
津南町、十日町市、から長岡市を経て、日本海に注ぐ信濃川の流域だったんだね。
だから、ここに、この地域限定、時期限定の火炎、王冠の文化が花開いた。
バランスの取れた、完成された造形といえば、新潟県・笹山遺跡出土の国宝指定土器なんだろうが、 あまりにも、洗練された完璧すぎるその形に見慣れると、何か物足りなくなるおとなしさがある。 創造性で、力強さで、山梨、長野の水煙の逸品に及ばないような感じがしなでもない。 こうなると、水煙の極限美に対抗するには、もっと荒々しい、 例えば、津南町地域のものなどは、どうだろうか。 中期・中葉・沖の原遺跡出土 照明の当たり方、見る角度で表情が違うが、後世、「哭き、いさちるカミ、スサノオ」の創生のもととなったような、この荒々しさなら、水煙に対抗できよう。 さて、次は、いよいよ、「王冠土器」をご紹介したい。
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